初めての鹿児島旅行でした。

11月の羽田は防寒が必須でしたが、現地は日中半袖で十分なほどの気候。至る所に焼酎と薩摩地鶏の看板、薩摩揚げ、薩摩牛、薩摩黒豚…

食に長けた県である事は市内を歩けばすぐにわかりましたが、ウィスキーの広告を見る事はありませんでした。我が国きっての焼酎大国の地でその勢力は強く、洋酒が入り込むのは中々に難しいとの事でした。

初めて目にした一両編成、ホームいっぱいに電車が来ると思っていた都会ボケ感覚を思い知らされ、一本乗り遅れると次は3時間後という、油断を許さない移動でした。

何度も見かける『島津義弘』のグッズや銅像、この地では言わずと知れた有名な武将だそうです。『何をした人ですか?』とは最後まで聞けない様子でした。

研修のメインである2つの蒸留所。『嘉之介』は海沿いに、『津貫』は山の中にあり、どちらも立地は違えど、鹿児島の『温暖な気候』という同じ敵と戦っていました。

『冷涼な気候』が相応しいとされるウィスキー造りにおいて、暖かい土地では気温との上手な付き合い方が不可欠。発酵は特に繊細なため、糖化槽は木製ではなくステンレスの温度管理が絶対、徹底した管理体制でした。

毎回同じものを仕込むのではなく、少しずつレシピを変え、少しでも良いものを模索しているとの事でした。絶対の機械管理の下に出来た無色透明なウィスキーを最後に確認するのはブレンダーの『ティスティング』。一見不確かかと思われるこの人間の感覚を、蒸溜所が最も大事にしているという現実。

『自分』という基準がブレない為の不変の体調管理をする、決まった時間に寝起きし、蕎麦しか食べないというブレンダーの話を聞いたことがあります。この方達のプロ意識には頭が上がりません。

熟成庫はひんやりと冷たく、厳かにウィスキー達が眠っていました。物音一つ立てるのも杞憂してしまう様なこの寝室は、神社の境内に立つ様な張り詰めた感覚と似ています。入り口には見えない壁があり、生半可な覚悟では入れない聖地としての空間が存在していました。
『打診』という言葉は樽を叩いて中のワインの残量を測った事が由来し、医療で使われる様になったとの事ですが、ウィスキー樽の打診はNG、眠りが覚めてしまう様です。自ずと小声で会話してしまう様な一時でした。

蒸溜所の華であるティスティングルームはどちらも素晴らしく、嘉之介は壮大な海を観ながら、津貫は日本庭園がコンセプトの洗練された空間でした。

『近くにあったらいいのに』

良いBARもカフェも、素敵な場所はいつもそう思わせてくれます。叶わないから有難いというのは分かっているのですが…

一つのウィスキーを作るのに携わる沢山の人と、そのこだわりを見れた一泊二日でした。

それぞれにあるドラマの中、受け継がれた最終バトンをもらうアンカーが我々であることも、改めて実感しました。

表面的な知識はすぐに調べることができますが、本質を教えてくれる現場のリアルは、変え難いものでした。

『人の仕事』は『人』に繋がっている事、津貫も嘉之介も、ガイドをして下さった方々は自分達の作っているお酒が好きで、誇りに思っているとおっしゃっていました。

私は時代屋が好きです。

一緒に働いてくれるスタッフも、社長の人柄も、来店してくださるお客様も、年に一度の研修旅行も…

好きなこと(お酒)の魅力を伝える仕事、思えば子供の頃、好きな子に気持ちを伝えることができず、裏腹に意地悪をしてしまった子供ではありましたが、今ならこの気持ちを上手に伝える事ができると思います。

お飲み物に迷った際は私にお尋ねください、今夜もきっと口にするでしょう。

『ウィスキーはいかがですか?』と。

溝の口店 筒井