音楽小僧だった少年がその業界から離れたのが21歳の頃。とあるビストロにて3年間を料理人として過ごし、その後オーセンティックバーの扉を叩いた。そこから長いバーテンダー人生の一節が始まる。

「そういえば、もうここへ来てどれくらいだったっけ?」

「来月の退職日で丸6年になりますね。思えば随分と長居をしてしまいました」

 1年ほど前だったか、時代屋たまプラーザ店を離れる決心した。マネージャーへ話を通す際にも、何が怖いわけでもないというのに、僅かに声が震えてしまっていたのを覚えている。

 何事も始めるより終わらせる方が難しい。携帯電話の電源を切るように手軽なモノではなく、ただただ、数々の思いが頭の中へ集まってきて、その行動を堰き止めようともする。

「さっさと仕事を覚えて、自分の城をと甘い考えを抱いておりましたが、やればやるほど至らない事だらけで、時間ばかりが過ぎてしまいました」

「そんな事はないんじゃあないの?」

「いやいや、なかなかどうして難しい。同じお客さんだって、毎度同じ気分で来店するワケではないですし……」

 お水の世界は、浸れば浸るほどに底は視えず。

 毎日の焦燥感の先に、何やら光るモノへ気づけたのが今より4年前。それより奥に気づくのはもっともっと後になる。夜へ生きて10年目。何かを変えるには丁度良い頃合いだった。

「まぁ、不思議と悲しい感じはしないけどねぇ。どっかでバーテンダー続けてれば、俺みたいな呑兵衛はそのうち行き合うだろうよ」

「ありがとうございます。随分と公私共に助けてもらってばかりでしたが、もう少しまともなオトナに成れるよう努めますので……」

 独立開業するのはまだ先の先と今回は相成ってしまったが、いずれまた1つの節目を見つけたいと思う。まずは独りでも戦える力を、4月からの新しい現場で磨きたい。

─長い間、お世話になりました。

たまプラーザ店・バーテンダー  武